承認をめぐる病

かつて、私の 自己への承認は、外にある大きな存在によって権威づけられてきた。塾の順位表、優秀とされる学校名。小さい頃から「すごい」と言われ続けてきたことで、 自分で自分を強く認め、「自意識」を成長させた。となると、自分を認められるのは、外にある大きな存在故に、となる。 大きな存在によって形作られた自意識を待てば、自分の「肩書」を知ってくれている限り、他の人の目線が怖く無くなる。

小さい頃、親に聞いたことがあるそうだ。「お母さんは、僕が頭いいから好きなの?」と。

ただ、そういう人間は「社会」に出て行ったときに、自尊の拠り所を失う。自分を持っているように振る舞っているけれど、内心はビクビクし、一介の学校での発表や会社でのプレゼンで評価が下がってしまうことを気にする。何を考えているかわからない他者に怯え、自分勝手な想像で「馬鹿にしているのではないか」と喘ぐ。そして自尊を求め、偏差値アップに勤しんだり、スキルや資格の獲得に走ってみたりしてしまう。

必要なのは、大きな権威に頼らない自尊である。気がつけば、身近な、大切な人々が、自分を認めてくれている。プレゼンでよくわからないおじさんに批判されても、「ふーん」と言ってのける自尊が、いまの私にはあるのだ。