何回目かのピボットを経て

事業のピボットをすると、何度も、また最初から始まる。資本もたまっていないのだから、強くてニューゲームなわけではなく、弱くてニューゲーム状態で、である。

再度弱くなってしまったときに、重い足を無理矢理にでも回転させて前に進むのにはかなりの気力がいる。乳酸が出てしまっている身体に、切れかけたドーパミンを再度注入して鞭打つ必要がある。

そんなとき結局は、友人とやっているから楽しい、という純粋な喜びが前に出てくる。

友人との起業を否定する人もいるが、相当長い、辛いマラソンになるので、一緒に走る仲の良い友人が動きを止めていないことを確認できることは、とても重要な応援材料になると思う。

Still Image Loveという曲に、「辿り着く前に消えてしまう奴の方が多い」というリリックがある。

辿り着くためには、そういった弱くてニューゲーム状態でもへこたれず、目の前の木の実を拾いにいく必要がある。そんな活動を続けていれば、気がついたらボス戦が始まり、ゲームクリアしているかもしれない。

資金調達に関する覚え書き

プレシードで、数百万円の調達を行った。

シード段階での調達は、信頼貯金の引き落としである。

経歴の見てくれが良かったとしても何かを成したわけではなく、結局は需要と供給のギャップを突けるかに過ぎないのだから、そのギャップの種に早く気がついて検証を回せたかを評価いただければ、次回の調達に繋がってくる。そして段々とそのギャップの大きさ、数字の実績の世界になってくる。

このタイミングで並行して融資行っているが、検証のリスクに応じて、どの資金を使うか分ける必要がある。例えば、株式調達をした際の資金は、口座をわけて「検証費」に活用し、次回の調達までに使い切る(希薄効率を上げる)必要がある。一方で旧来からのビジネスにおける「仕入」のような運転資金は、融資から拠出する。「販売」が一番の資金調達手段である。

ランウェイの確保、という至上命題はありつつも、お金の意味を考え、使い分けていきたい。

エンタメ。

エンターテイメントは、日本語訳すると「娯楽」という意味ですが、ちょっとした息抜きというだけでなく、退屈な人生に時に大きな感動を与えてくれます。

私は昔、Cheeky Paradeというアイドルが好きでした。楽曲もパフォーマンスも素晴らしかった。何より、輝ける場所が与えられていること自体がとても美しく見えました。

しかし、ある時突然解散し、いつの日かすっかり忘れてしまいました。私は現場に行くわけではなく、楽曲を聴いてこっそり応援する派だったので、解散を聴いたときはショックでしたが、「直接お金を落とさず応援できていなかった自分」も解散の一因なんだろうな、と、大学生ながら悲しく思いました。

 

最近は、アソビシステム系列のアイドルが大人気です。楽曲のキャッチーな部分を短尺ダンスとして毎日投稿することでTiktokを完全にハックし、全国区のアイドルに一気に成り上がりました。

最初はヤマモトショウさん楽曲だったので周りの人に「良い曲だから聴いてみなよ」とオススメしていましたが、想像以上に早く、そして爆発的なヒットを果たしたので、割と早めに推すのをやめてしまいました。(もちろん、「そんなに推さなくても流行ったから」という良い意味です)

 

親族がアイドルをやってきたこともあって、いままで、いろんなアイドルを見てきました。今回のアソビシステムのような、メディアハックの手法を各事務所がやってくれるわけではありません。素材を確保し、毎日投稿するのは本人達にも多大な負担がかかります。

だからこそ、メディアハックに頼りすぎなくても「食えるようにする」ための展開方法を考えていきたい、磨り減らずに、収益性を考えすぎずに、継続して運営できるようにしたい。私は実は大学を卒業してからファンだったでんぱ組や虹のコンキスタドールの事務所である『ディアステージ』に本気で入りたいと思っていた時期がありました。だが、「熱意があるだけのバカ」が入社してもなにも変えられないだろうなと思い、まずはビジネス的な体力をつけるため、別の会社に入りました。

今回会社を辞めて起業した「熱意」の根っこの部分はここにあるんだろうと思います。

「構造的に儲からない人たちを儲けさせる」

そのために、がんばり続けたいと思います。

プロダクトを作る際の備忘録

1. 顧客にとってのto-beは何かを徹底的に考える

Productに必要な機能について議論していると、必ず「as-isの引力」が現れる。

それはすなわち、「現時点で自分たちが持つリソース」を踏まえて物事を考え始めてしまうこと、を意味する。

例えば、エンジニアが1名、デザイナーが1名いる状態で1社に初期導入を進めようとしている場合、提供できる「最低限の機能」は何かを考え、彼らの工数をなるべくかけないように調整した上で作り始めてもらうことを考え始めてしまう。これはいわゆる「MVP」の思想ではあるが、”考え始めるやり方”としては間違っている。

必要なのは、最初に「一番のWowな瞬間を届ける方法は?」を考え、議論し、それを届けるための”リソースを調達する方法”を考えること、が先決である。エンジニアがもう一人いれば、より早く、より良いプロダクトでWowな瞬間を届けられる可能性が上がる。

 

2. 自分で仕事をやるレベルで業務フローを整理し、コンピュータに得意なことを切り出す

典型的なスタートアップへのアドバイスに、「業務への解像度を上げる」という言葉がある。バズワードなので、”解像度を上げる”を標語のように繰り返すものの、あまりピンときていない人が多いのでないだろうか。

私が短い社会人キャリアの中で見た中で一番感激したプレゼンがある。スティーブ・ジョブズのプレゼン、ではなく、社内のナレッジ共有で見た”「自走できないパパ」と「ママ」のタスク認識の違い”というプレゼン。

どういった話だったかというと、プレゼンテーターは一人の子供がいるママ。

お父さんと役割分担をして子供の幼稚園への送り向かいをしているが、パパはお願いしても送り迎えをスムーズにできていない。物を忘れてしまったり、時間に間に合わなかったり。そんな「自走できないパパ」がなぜ発生してしまうのか。

そのパパの”タスク認識”が「子どもを朝保育園に送っていく」といったざっくりとしたかたまりであるのに対して、「ママ」のタスク認識は、

1. 起こして着替えさせる

2. 朝食を食べさせる

3. 保育園グッズの準備

4. 出発〜バイバイ

 

といっただけではなく、

1-1. XX

1-2. XX

1-3. 服を選ぶ

「1-3.」 の業務定義:

「子が気に入り、かつ、園の方針に沿った上下を一緒に選ぶ

✅レースやビーズ、紐、ボタン等の装飾がついていない

✅スカートではない

✅ピンク、水色、薄い紫のいずれかを含む」

というレベルまで分解できているので、やることがわかっていて、スムーズに送り迎えできている、というものであった。

すなわち、数段の業務フローに分解し、業務を定義できて初めて「自走」できるようになる、そこまで分解できていないとスムーズに仕事もできないよ、と。

 

さて。それを踏まえた上で、

「コンピュータが得意なことは、覚えることと繰り返すこと」

という原則をもとに、コンピュータでやることと人間がやることを分離していく必要がある。

AIを用いた業務も同じで、プロセスとデータを整理し、汎用化したものが既存のSaaS。業務フローを詳細に分解した上でAI Agenticに解決できる業務スコープを考える必要があるのだ。

 

3. Productでの漸近的成長β、Bizでの断続的成長αを両方追いかける

とはいえ、リソースは常に”必要とされているものよりも少ない”のが現実。順番のデザインが大切であり、最初はXX、YYになってきたらZZを追加、と言うようにβを追加していくことが求められる。

ただ、それだとServiceは成長してはいかない。Productを活用できる範囲を広げるためのBizを推進し、αは別途進めていく必要がある。

 

1年間の平日業務で学んだことのメモ

昨年10月から、「平日業務」は売上数百億円規模の事業の担当FP&Aとなり、1年間従事してからこの11月に引き継ぎを終えて、別の方に引き渡した(私は希望で別の部署に異動となった。なお、新しい部署での仕事は、BizOps職な面が強い)。

昨年9月までは「事業企画職」としてゼロからの施策推進や営業(複数回の大阪出張!)を含めて、今まで社会人になってからはやったことのなかった仕事を任せてもらえていたので、かなり楽しく仕事をしていたのだが、事業撤退が決まってからは敗戦処理が中心で、個人のモメンタムも失ってしまった。心は大きく離れ、週末起業を本格化させる一端にもなったのだが。

一方で、改めてFP&A業務が中心となり、1年間担当した当事業は、いわゆる「リアルビジネス」で、弊社の事業にしては大変珍しいビジネスモデルであった。新卒2年目にはtoC事業を担当させてもらう経験もしており、3年半で累算、ビジネスモデルの異なる4つの事業を担当したことになる。リアルビジネスは、最もわかりやすいもので言うと固定資産の取得の計画を別途策定しモニタリングする必要があったりと、管理会計の方法も大いに異なる。その他にも例えば、

- 店舗の新規出店に伴い、賃料や修繕費、人件費・生活費が増えるので、過去の実績を踏まえた新店の「モデルPL」が組まれており、出店先が決まると「バイネームPL」というものが生まれ、モデルとバイネームを組み合わせたものを全体のPLとすること

- 月次で「店舗PL」という形で各店舗のPLの健康状態をチェックして、施策を打つか撤退をするか判断をするサイクルを回すこと

- 半期に一度の計画策定のタイミングでは、新店と既存店、本部で分けて報告して、本部のコストが増えていないか、新店は想定通り立ち上がっているか、既存店の1店舗あたりの売上はきちんと増えているかを報告すること

など、営業やマーケの先行数字をもとにトップラインを策定し、各部署の積み上げでコストを策定していく経験してきた他の事業とは、数字の作り方や見る観点が全く異なっていた。

事業を担当している最中には、個人的にも飲食店系の企業、例えば松屋やギフトホールディングス等々のIRを見るようになったり、ウォルマートを創業したサム・ウォルトンの本を読んで、一番の愛読書にもなり、その他にもユニクロ、日レス、サイゼの本など、小売や飲食の本を読み漁り、自身のやりたい事業の根幹を成すような読書体験にもすることができた。

現在直近でやろうとしているビジネスでも、悩みつつではあるがエンタメのリアル体験設計やグッズ生産の方向性に進む可能性が出てきている。この1年の”リアルビジネスでのノウハウ”をきちんと活かしていきたいものである。

なぜ結婚をしたのか

先日結婚をした。27歳で結婚。昭和世代の感覚からすれば「そんなもんでしょ」であり、我々世代からすると、「意外と早いね」である。

周囲でちらほら結婚する人は増えてきてはいるが、主流派ではない。結婚する人の方が必然的に声が大きくなるので「みんな結婚してきているねー」と話をするが、実際に結婚した人数を数えてみると、少数であることは明白である。

先日、新たに「妻」となった方の父方の実家にお盆のタイミングでご挨拶に伺った。

その際に、妻の従兄弟にあたる人に、「なぜ二人は結婚したのですが?」と尋ねられた。新卒の時に結婚式場にサービスを提供する事業に配属されたこと、その際に結婚とは何かについて、恋愛についてなど様々な本を読んで個人的な文章をちらほら書いていたことが、27歳という早期のタイミングで簡単に結婚へと向かわせてくれた理由なのだが、数年前の考えをパッと出さねばならないタイミングになると答えに窮する。

そういった背景から、せっかくなので、ブログという形で書き起こしておくことにした。

以下の文章は、

1. 一緒にいることを決めること(=覚悟すること)と、2. その形式を選ぶことは別論点なので、分けて記載していく。

 

1. 一緒にいることを決めた理由

結婚は詰将棋である。

Q.  なぜ結婚をしたのですか?

A. 同棲をして半年が経ち、一緒に暮らしていくことへのポジティブな感情が強まったから。「この人と一緒にいたら日々の生活が楽しいんだろうな」「自分がこの人を幸せにしたいな」という純粋な気持ち。

Q. なぜ同棲をしたのですか?

A. 2年ほど付き合い、それぞれ別の家で離れて暮らすことでの負の側面が強まったから。具体的には、毎週のようにスケジュールを調整して土日の少なくとも1日を使ってデートをしないといけない、LINEを定期的にしないといけないといった愛情を確かめるためのコミュニケーションコストの大きさ。一緒に暮らすことでそのコストを排除できると考えたため。

以上。

すなわち同棲をすれば、余程の不便がない限りは結婚をするルートに入る(もちろんここで躓く人も多いのだが)。愛の証明は必要ない。

総じて、詰将棋なのであまり面白くはない。本当にその人でいいの?とか、恋愛感情は続くの?とか、結婚は恋愛と絡めて話す人は多いが、同棲での居心地が良ければ一緒に暮らせばいいし、そもそもの同棲を決めた理由は単純に言えば「面倒だったから」という感情を排した理由である。

一方で、同棲や結婚に恋愛を絡めてしまうと、一人の妻を愛せるのか、という感情の永続性の話になってしまう。一夫一妻を選ぶ意味は、コミットメントの問題でしかなく、性病の蔓延を防ぐといった過去の社会的な背景はあるらしいが、一般的に動物界は一夫多妻の方が「主流」で、人間の文明でも一夫多妻を選択する社会は存在するので、一夫一妻が正解というわけではない。

ただ、経済的・精神的な余裕がない限りは一夫一妻が選択される。大金持ちで暇な人は一人の人間を養うだけでは満足しないだろうが、現代の一個人は一人の妻をしっかり愛する余裕しか持ち合わせていないのだから、仕方がない。

結局は妻を「所有」することで、独占的にアクセスでき、孤独を紛らわすことができる。「身近な自分を信じてくれている人がいる」という自尊心にも繋がる。そして、目の前の選択肢が良ければ、「それ以外」の選択肢をあまり期待しなくなり、別の選択肢を探しに行くコストを踏まえれば、覚悟に踏み切ることになる。もしちょっとした非日常を味わいたいなら、「時折の仲間内でのはちゃめちゃな飲み会」や、「熱狂できる仕事」で十分である。

 

2. 「結婚」という形式を選んだ理由

結論、法的な結婚制度を選択した意味は、対外的な、外部機関による証明と、制度活用に伴うメリットの享受でしかない。

「二人で一緒にいようね」という言葉はふとした事故で記憶が吹き飛んだ際に忘れてしまうような物理に弱い体質を持っているので、法的な結婚証明は一定役立つと思っている。むしろ個人間の約束であるから大きな存在に捕捉されたくない人の気持ちも理解できるが、言葉での約束はふとした瞬間に飛んでいってしまうことがあることを忘れてはならない。その脆さが良い、と言われればそれまでなのだが。

そして結婚制度は国民という単位で経済的な豊かさを求める「国」に役立つものであるから、その証明を委ねて、代わりに金銭的なメリットを享受する。「国」も別に保証するのが仕事ではなく、国力を上げれる貢献に対して報いる仕組みでしかないのである。

他方、現在の日本の制度的には名前を変えたくないといった感情的な、どうしても抗えない事情があるとするならば、その形式を「感情的には」選ぶべきではないし、戸籍制度という管理側の論理で現行の制度はなかなか変わることがないことはわかっているのだから、制度を変えに行く時間のかかるアプローチよりも個人間の契約をしっかり紙にし、第三者機関に保証してもらうことで対応するしかないと思っている。

とはいえ、我々の場合は、名字変更への抵抗感はそれほど多くはないと感情的な合意をし、マイナンバー制度を作ったにも関わらず、結局は様々な手続きをしに各所へ申請しにいかなければならない不便さにはらわたが煮えくり返りつつも、変更を完了した。

 

と、ごにゃごにゃ書いてみたが、結局は事実婚でも法律婚でもなんでもいいので、しっかり話し合えてお互いを尊重しながら意志決定できる関係性を築きあげることが自体が、何よりも大切なのではないだろうか。(という急展開を迎えて文章を終えてみる)