先日結婚をした。27歳で結婚。昭和世代の感覚からすれば「そんなもんでしょ」であり、我々世代からすると、「意外と早いね」である。
周囲でちらほら結婚する人は増えてきてはいるが、主流派ではない。結婚する人の方が必然的に声が大きくなるので「みんな結婚してきているねー」と話をするが、実際に結婚した人数を数えてみると、少数であることは明白である。
先日、新たに「妻」となった方の父方の実家にお盆のタイミングでご挨拶に伺った。
その際に、妻の従兄弟にあたる人に、「なぜ二人は結婚したのですが?」と尋ねられた。新卒の時に結婚式場にサービスを提供する事業に配属されたこと、その際に結婚とは何かについて、恋愛についてなど様々な本を読んで個人的な文章をちらほら書いていたことが、27歳という早期のタイミングで簡単に結婚へと向かわせてくれた理由なのだが、数年前の考えをパッと出さねばならないタイミングになると答えに窮する。
そういった背景から、せっかくなので、ブログという形で書き起こしておくことにした。
以下の文章は、
1. 一緒にいることを決めること(=覚悟すること)と、2. その形式を選ぶことは別論点なので、分けて記載していく。
1. 一緒にいることを決めた理由
結婚は詰将棋である。
Q. なぜ結婚をしたのですか?
A. 同棲をして半年が経ち、一緒に暮らしていくことへのポジティブな感情が強まったから。「この人と一緒にいたら日々の生活が楽しいんだろうな」「自分がこの人を幸せにしたいな」という純粋な気持ち。
Q. なぜ同棲をしたのですか?
A. 2年ほど付き合い、それぞれ別の家で離れて暮らすことでの負の側面が強まったから。具体的には、毎週のようにスケジュールを調整して土日の少なくとも1日を使ってデートをしないといけない、LINEを定期的にしないといけないといった愛情を確かめるためのコミュニケーションコストの大きさ。一緒に暮らすことでそのコストを排除できると考えたため。
以上。
すなわち同棲をすれば、余程の不便がない限りは結婚をするルートに入る(もちろんここで躓く人も多いのだが)。愛の証明は必要ない。
総じて、詰将棋なのであまり面白くはない。本当にその人でいいの?とか、恋愛感情は続くの?とか、結婚は恋愛と絡めて話す人は多いが、同棲での居心地が良ければ一緒に暮らせばいいし、そもそもの同棲を決めた理由は単純に言えば「面倒だったから」という感情を排した理由である。
一方で、同棲や結婚に恋愛を絡めてしまうと、一人の妻を愛せるのか、という感情の永続性の話になってしまう。一夫一妻を選ぶ意味は、コミットメントの問題でしかなく、性病の蔓延を防ぐといった過去の社会的な背景はあるらしいが、一般的に動物界は一夫多妻の方が「主流」で、人間の文明でも一夫多妻を選択する社会は存在するので、一夫一妻が正解というわけではない。
ただ、経済的・精神的な余裕がない限りは一夫一妻が選択される。大金持ちで暇な人は一人の人間を養うだけでは満足しないだろうが、現代の一個人は一人の妻をしっかり愛する余裕しか持ち合わせていないのだから、仕方がない。
結局は妻を「所有」することで、独占的にアクセスでき、孤独を紛らわすことができる。「身近な自分を信じてくれている人がいる」という自尊心にも繋がる。そして、目の前の選択肢が良ければ、「それ以外」の選択肢をあまり期待しなくなり、別の選択肢を探しに行くコストを踏まえれば、覚悟に踏み切ることになる。もしちょっとした非日常を味わいたいなら、「時折の仲間内でのはちゃめちゃな飲み会」や、「熱狂できる仕事」で十分である。
2. 「結婚」という形式を選んだ理由
結論、法的な結婚制度を選択した意味は、対外的な、外部機関による証明と、制度活用に伴うメリットの享受でしかない。
「二人で一緒にいようね」という言葉はふとした事故で記憶が吹き飛んだ際に忘れてしまうような物理に弱い体質を持っているので、法的な結婚証明は一定役立つと思っている。むしろ個人間の約束であるから大きな存在に捕捉されたくない人の気持ちも理解できるが、言葉での約束はふとした瞬間に飛んでいってしまうことがあることを忘れてはならない。その脆さが良い、と言われればそれまでなのだが。
そして結婚制度は国民という単位で経済的な豊かさを求める「国」に役立つものであるから、その証明を委ねて、代わりに金銭的なメリットを享受する。「国」も別に保証するのが仕事ではなく、国力を上げれる貢献に対して報いる仕組みでしかないのである。
他方、現在の日本の制度的には名前を変えたくないといった感情的な、どうしても抗えない事情があるとするならば、その形式を「感情的には」選ぶべきではないし、戸籍制度という管理側の論理で現行の制度はなかなか変わることがないことはわかっているのだから、制度を変えに行く時間のかかるアプローチよりも個人間の契約をしっかり紙にし、第三者機関に保証してもらうことで対応するしかないと思っている。
とはいえ、我々の場合は、名字変更への抵抗感はそれほど多くはないと感情的な合意をし、マイナンバー制度を作ったにも関わらず、結局は様々な手続きをしに各所へ申請しにいかなければならない不便さにはらわたが煮えくり返りつつも、変更を完了した。
と、ごにゃごにゃ書いてみたが、結局は事実婚でも法律婚でもなんでもいいので、しっかり話し合えてお互いを尊重しながら意志決定できる関係性を築きあげることが自体が、何よりも大切なのではないだろうか。(という急展開を迎えて文章を終えてみる)